星の会 大分県/不登校を考える親の会

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不登校に関するコラム

■不登校支援の原点
不登校に原因があるのかどうかは、意見が分かれる問題ですが、原因探しをしていては子どもの気持ちが見えなくなります。大切なことは、子どもの目に学校がどう写っているかを考えることです。その子どもにとって、学校はどういう世界なのかを理解することです。解決よりも理解...それが不登校支援の原点です。

 
■理由が見えない不登校

 不登校をする子どもの中には、理由やきっかけがはっきりしない場合も少なくありません。いじめられているわけでもなく、友人関係のトラブルがあるわけでもなく、担任との関係が特別に悪いわけでもなく...。子どもの息苦しさがどこにあるのか、解らない時があります。

 ヤスシ(仮名)は小学校の時は集団への適応で困難な面があり、トラブルをきっかけにパニックを起こすことがありましたが、登校は毎日していました。算数が得意なヤスシは、高学年になって授業をリードするようになり、クラスのみんなもヤスシのことを認めるようになっていきました。授業態度も活発で、休み時間は、限られていますが仲良しの友だちと一緒に遊んでいました。

■ヤスシ(仮名)の息苦しさ

 中学1年になると、2学期から不登校を始めました。ヤスシは文字を書くことがとても苦手な子どもでした。授業中の教師の話や友だちの意見などは、よく理解できます。教科書をよむのもそれほど苦痛ではありません。しかし、ノートに書こうとすると文字をせいかくに書けませんでした。隣の友だちを見ると、スラスラと書いています。隣だけでなくて、クラスのほとんどの人が苦労せずに書けているように思えました。ヤスシの心の中に「どうしてぼくだけ...」という不安が膨らんできたと予想されます。定期テストの時も、数学や理科などは良い点数をとりましたが、国語や英語は思うように伸びませんでした。英語の勉強をしようとすると「吐きそうになる」と訴えました。母親は「本人のやる気が足りないんです。苦手だからって勉強しようとしないから...。でも、勉強なんてできなくても良いです。友だちと楽しく遊んで、毎日学校に行ってくれれば...。」と言っていましたが、ヤスシは一人で苦しみました。

■ダメな自分・できない自分

 思春期を迎えたヤスシは、苦しさを感じても、小学校の時のように誰かに伝えることはしませんでした。また、パニックを起こすことで苦しさを表に出すのではなく、自分の中に抑圧し続けようとしたのではないかと思われます。周りの友だちがほとんどできていることが、自分にはできません。それは恥ずかしいことで、誰かに相談することではないと強く思うようになってしまったのではないでしょうか。中学校では、文字を書く機会が格段に増え、そのたびに、ヤスシは「できない自分」と向き合わなくてはならなくなったのでしょう。

 ヤスシは、書くことに大変さを持つ発達障がいの傾向があるのかもしれません。発達障害の傾向がある子どもは、学校生活では常に苦手は世界に苦しむ自分と向き合わされ、ヤスシのように疲れ果ててしまうことが少なくありません。また、「できる・できない」のどちらか一つの思考が強い傾向を持つ子どもの場合は、少しでもうまくいかないことがあると、「できない自分」を強く感じて自尊感情をますます低下させていくこととなります。

 思春期を迎えると、心理的に大人から距離を置こうとしますが、それが悩みやつらさを身近な親に相談することを邪魔してしまい、一人で抱え込んでしまうことにもなりかねません。特に、みんなができて自分だけができないことなどは、誰かに相談をすることではなくて自分がしっかりしないといけないと考えてしまうのでしょう。「努力」や「やる気」の問題ではなく「できないことが当たり前」であっても、親を含めて周囲の理解が得られないと、子どもは自分を責め続け、学校から距離をとる(不登校をする)ことが必要となってくるのです。

 そうした時に、大切なことは登校を働きかけることではありません。子どものつらさをしっかりと受け止め、学校と協力しながら安心して登校できる環境を整えることです。また、安心して家で生活できるようにすることです。そして、必要以上に自分を追い詰めないように、方法を一緒に考えることです。

■わかってくれる人との出会い

 ヤスシは、その後、スクールカウンセラーと面談をするようになりました。そこでは、学校のことというよりも、ヤスシが好きなアニメのことをたくさん話しました。これまで出会った大人とは違い、そのスクールカウンセラーは、真剣にアニメの話をいつまでも聴いてくれました。ヤスシが、テストの時にパニックになることを話した時に、スクールカウンセラーはその苦しさをわかってくれました。そのことが、ヤスシはうれしかったと言います。

 今、ヤスシは大学に通っています。「ぼくが不安になった時に、『不安になって当たり前』『今は、頑張れない』と自分で自分に言えるようになった。親にも『不安で苦しい』と言えるようになった。それが大きい。だって、親は以前のようにうろたえないから...(中略)それは、中学校で学校に行けなかった時に、スクールカウンセラーの先生と話をしながら見つけた方法。」と笑顔で話してくれました。

教師の「何もしないで見守る」と「無関心」

~見た目は同じ見えるけど、大きな大きな違いがあります~

 

 クラスに不登校の子どもがいると、多くの教師が家庭訪問をします。しかし、子どもが会ってくれるとは限りません。子どもの家が近くなると、少しドキドキしてきます。玄関の前に立ち、軽く深呼吸...。ドアを開け「こんにちは。」と少し明るく挨拶します。「はーい。」というお母さんの声。「○さんはどうしてますか?」と尋ねると、「先生、いつもすみません。ちょっと部屋から出てきません。」とすまなそうな表情を見せるお母さん。「いえいえ、気にしないで下さい。」と、お家の方と少し立ち話をします。「子どもは、今どういう気持ちでいるのだろう?」と、その子に思いをはせながら話をします。

 場合によっては、その家庭訪問さえしてはならない時があります。教師が家庭訪問をすることで、子どもが心理的に追い詰められていく場合があります。大きな音を立てて不安を表したり、バリケードを作ったり...。そんな時は、「何もしない」対応が求められます。

 しかし、不登校を「解決?」するために、「早期発見・早期対応」を行政が求める状況では、「何もしない」を貫くのはなかなか大変です。また、常に指導をするのが仕事の教師は、何もしないと自分自身が不安になりがちです。周りからは「怠けている」とか「無責任」というふうに見られるかも知れません。校長からは「先生、○さんには今どういう対応をしていますか?」と聞かれることもあるでしょう。「ハイ、何もしていません。」などと答えるのは、ちょっと勇気がいります。

 人間はあれこれ手出しをされるよりも、何もしないでいてくれることがありがたい時があります。心に安定を取り戻すためには、他者から干渉されたくない時があります。静かな時間と空間が必要な時があります。

 しかし、何もしない時ほど、その子どものことに関心をもつことが大切です。「何もしないで見守る」のと「無関心」は、見た目は同じですが、内実は全く違います。「何もしないで見守る」のは、その子が必要とする時はいつでも対応するけど、「無関心」は子どもとのつながりが切れているので可能性がありません。

 「何もしないで見守る」時は、「その子にとって学校とは」「その子にとって成長とは、幸せとは、生きるとは」...と、教師は自らに問いかけ続けますが、「無関心」は自分のメンツしか考えません。「何もしないで見守る」時は、子どもの苦しさに見合うだけのエネルギーを使いますが、「無関心」は子どもや親に対して「あなた次第だ」と仕事?として冷たく伝えるだけです。

 誰のために、何のために不登校の子どもに対応するのか?それは、ほかならぬその子どもの最善の利益のためであることを忘れてはなりません。

不登校の講演の最後にメッセージを流すのですが、「そのメッセージを教えて下さい」という声が聴かれましたので、ホームページにアップしました。

物陰に育つコスモスは

光を求めて

茎が曲がってしまっており

花瓶にさしても

美しくは見えません

 

しかし、

土に根を張る

コスモスを眺めていると、

曲がってしまった茎に

光を求めるしなやかさを感じます

 

ありのままのコスモスに、

健気に生きる

命の輝きを感じます

 

子どもを

認める時に大切なことは、

一部分を見るのではなくて、

欠点も含めて全体として

子どもを見ることです

 

「この状態をどうにかしたい」とか

「ふつうになってほしい」

と見るのではなくて

「この子なりに、一生懸命に現実を生きている」

と、命の存在として見ることです

 

そうしたまなざしを感じた時

子どもは自分自身をゆるし、

大切にしようとする思いをもつことができます

 

自分を否定するのではなく

「自分なりによく頑張ってきた」

と、自らを認めるきっかけをつかむことができます

 

そうしたまなざしに支えられながら、

子どもは自分が納得する花を

咲かせることができるのではないでしょうか

 

一生懸命に生きてきた子どもに学びながら

私たち大人も自分の価値観や生き方を

問い直していきましょう

 

そのために、親も教師も居場所を見つけましょう

わかりあえるあたたかさと

つなぐ手のある心強さは

何ものにも代えられません

星の会も、そのお手伝いをします

           星の会一同

 

 

当事者が語る不登校② 保健室登校をしたアカネ


 簡単に休む子どもはいない!


 アカネは、どちらかというと活発な女の子で、交友関係も広かった。何にでも興味を示し、読書も好んでしていた。アカネの行き渋りが始まったのは、小学
4年生の頃である。その時の担任はとても優しくて、アカネに無理をさせることは決してしなかった。また、休む日があったり、行き渋りの日があると家庭訪問をしながら、アカネとの関係を繋ごうとしていたという。

 小学5年生になると、本格的な不登校は始まった。朝起こしても布団から出れなくなった。その頃のアカネは、両親に対して学校の不満を口にしていた。「どうして、先生は絵の描き方をいろいろ指図するの?」「どうして、運動会の行進の練習を何回も何回もさせるの。」「なんでマラソン大会とかあるの?」

 アカネの欠席が続いたが、担任は家庭訪問をしてくることはなかった。電話連絡もなかった。そのことが、アカネと母親の不安をもっと大きくした。

 母親は、担任の訪問を待っているわが子の様子を見ながら、何もしてこない学校(担任)の対応にいらだちを覚えたという。

 子どもの様子と親の思い(願い)を学校に伝えると、夕方に、担任が家庭訪問をしてきた。アカネに会った後、担任が母親に言った言葉は...。

担任「お母さん、あまり簡単に学校を休ませると(学校を休むのが)癖になるので、朝は頑張って起こすようにして下さい。」

母親「先生、アカネは簡単に学校を休んでいませんよ。毎朝、アカネは布団の中で苦しんでいます。先生は、朝のアカネの様子を見ていないから、そんなことが言えるんです。もっと、子どもの様子をしっかり見て下さい。」

 その日を境に、母親の学校へのこだわりはなくなったと言う。母親の学校へのこだわりがなくなると、アカネは気持ちが楽になった。

 小学6年生になると、アカネは自分の体調と相談しながら学校と付き合っていった。きつい時は遅れて登校し、がんばれそうにない時は思い切って学校を休んだ。休んだ時は、好きなマンガを読みながら1日を過ごした。


 なぜ保健室登校をしたか

 中学校に入学したアカネは、生き生きと中学校生活を過ごした。仲の良い友達とも同じクラスになり、学校生活を楽しく過ごしていた。部活動で悩むこともあったが、転部をすることで解決をした。

 中学2年生になると、クラスの数人に嫌がらせを受けるようになった。

「技術の実習の時間に、私の背中にポンポンと何かが当たるなあ...と思ったから、後ろを見たら、Cちゃんがカンナくずを投げつけてにらんでいた。怖かった...。」

「私が友だちと話をしてたら、じっと睨んでくる。怖かった...。」

と、当時のことを振り返った。

 アカネは、その頃からしだいに学校に行けなくなった。学校に行けなくなると、小学校時代の不登校のことが重なってきたという。「もし、あの時みたいに行けなくなったらどうしよう。」「中学校を不登校で過ごすと、高校に行くことができないかもしれない。」と不安に襲われた。

 「明日は、学校に行こう。」と思い準備をする。しかし、次の日の朝は、体が重くて動けなかった。登校できた日は、「なんで、昨日休んだん?」とクラスメイトに聞かれるのが怖くて、教室に入るのに勇気がいったらしい。

 2学期が始まると、ほとんど登校できなくなった。登校できなくなったアカネに両親は何も言わなかった。「小中学校は義務教育だから、その義務をはたしていない私は、ダメな人間だ。」と思い込んでいるアカネに、父親は「子どもが学びたいと思ったら、それを保障する義務が大人や社会にある。子どもには学校に行かなくてはいけない義務なんてない。学校に行くのは権利なんだよ。だから、逆に学校を休む権利もある。」と伝えた。

 運動会が終わった後、両親は「アカネが楽しみにしているのは部活でしょ。アカネが望むのなら、部活だけ行けるように先生にお願いしようか。」と話をした。「教室に行っていない自分が部活だけをするのは...。」と、うしろめたい気がしたアカネだが、部活動には参加したいという思いが強く、放課後になると母親の車で登校した。

 学校長も「子どもには一人ひとり成長の仕方に違いがある。その子々々に応じた指導をしていきましょう。」と全職員に話をし、担任と部活動の顧問の協力もあり、アカネは放課後の部活動にだけ参加をすることが認められた。

 しかし、部活動の始まる時刻は、日によってまちまちである。タイミングを逃すことが数日続くと、アカネは「保健室登校をする」と言い始めた。同じ部のA子が「保健室まで誘いに行ってあげる」と言ってくれたのがきっかけである。

「A子って優しいよ。毎日私を誘ってくれた。忘れることは絶対になかった。用事がある時は、保健室まで来て『今日は、私は用事があるから、〇ちゃんが誘いに来るけえ』ってわざわざ言いに来るんよ。」

 そのうち、B子も誘いに来てくれるようになった。「B子は、お笑いが好きやったから、私と話が合う。お笑いのことをいろいろ話したなあ...。」

 毎日、部活動の前に保健室登校をしていると、アカネの心の中に「みんなは教室で勉強している。私だけ、保健室で何もしないのは悪い。」という思いが膨らんだ。少し早めに保健室登校をして、勉強も始めた。一人でいる保健室は、暇で時間を持て余す。1日の時間を自分なりに計画を立てて、勉強をするのも悪くないということらしい。保健室にいる時間が長くなると、友だちが遊びに来てくれた。すると、友だちとの時間が楽しくなり、もう少し早い時間に保健室登校をするようになった。いつの間にか、アカネの保健室登校は、朝の学活の時刻になっていった。朝の玄関に入る時は、「誰かに会うと嫌だなあ。」ととても緊張したが、放課後の部活動のために勇気を出した。


 「部活をしたい」「友だちに会いたい」と学校が「〇〇したい」という世界になった時、保健室登校はアカネにとって必要な登校となった。

もうすぐ、新学期が始まります。不登校のわが子とむきあっていくためには、どんなことが必要なのでしょうか。親の方に、どんな見方・考え方が求められるのでしょうか。

「諦(あき)める」とは「希望をすてること」ですが、「明(あき)らめる」は「真実をはっきりさせる」「心を明るくする」という意味です。もともとは「明らかに見る」という言葉だったようです。ですから、「明(あき)らめて努力する」というのは、自分のすべきこと、やらなくてもいいこと、やってもしょうがないこと、やってはいけないことをはっきりと自覚した上で努力するということです。
 不登校のわが子とつき合う時にこの「明(あき)らめる」ことが大切なように思えます。
 例えば、どうしても学校に行くことができない、または学校に行きたくないわが子に「どうすれば学校に行くようになるのか」と考えて行動することは、子どもを追い詰めてしまうことが多いです。仮に子どもを登校させることができても、子どもが親や教師のために学校に行っているのでは長続きしません。 親や教師が自分を安心させるために登校させることは、多くの場合子どものためにはなりません。毎日々々神経をすり減らしながら登校することで、子どもは傷つき疲れ、やがて何をするのも嫌になってくる。そうしたケースをよく目にします。
 そんな時、「この子は、(今は)学校に行かない・行けない」と、学校に行かない事を受け容れる事が求められます。(今は)将来の事を考えながら対応するのではなくて、「今を輝く」ことを考えることが求められます。一人で思うのではなく、誰かとつながりながら確かめていく...。例えば親の会などに参加をして、多くの人とそうした見方・考え方について確かめていくことも一つの方法です。(一人で考えると危うい場合があるので)
 「今を生きる事の大切さ」に気づくと不思議です。あれほど気になっていた学校が、それほど気にならなくなります。だらしなく見えていた子どもの姿が、「これで良いんだ。」と思えてきます。すると、心が穏やかになってきます。毎朝のあの不安やイライラはなんだったんだろうと思えるほど、いつもと変わらない生活ができてきます。
 子どもの一番そばにいる親がおちつくと、子どもは「これからどうしたいか」を考える事ができます。勿論、不安から一時的に荒れているように見える事もありますが大丈夫。子どもはちゃんと成長し続けています。

不登校の子どもを学校に行かせる義務があるのでしょうか?

 全国的に見ると、子どもが不登校であることを受け入れ始めた保護者に、教育委員会が「親は、子どもを学校に行かせる義務があります。」と、登校させるように催促する場合がまれにあります。ある校長先生は、「子どもを学校に行かせない親は、法律で罰せられます。」と言ったとか言わなかったとか...。
 確かに、学校教育法22条と39条には「保護者の子どもを就学させる義務」が定められています。
 また、学校教育法施行令20条で、学校長は、子どもが「ひき続き7日間出席せず、その他出席状況が良好でない場合において、出席させないことについて保護者に正当な事由がないと認められるとき」に教育委員会に通知しなければならないとなっています。
 学校教育法施行令21条では、教育委員会が保護者に対し、子どもの出席を督促しなければならないとなっています。 そして、学校教育法91条では「保護者の就学義務不履行の処罰」について、義務履行の督促を受けても履行しない者は10万円以下の罰金を科すことになっています。
 これらの法律は、子どもの教育を受ける権利が、保護者の怠慢などで損なわれないためにあります。例えば、「家の手伝いをさせるために学校に行かせない」「子どもを虐待して学校に行かせない」などが考えられます。つまり、子どもが学校に行きたいのに、また行くことができるのに、保護者が行かせないようにする場合に適用します。子どもの教育を受ける権利を守るための法律です。虐待が社会問題化している時、こうした法律で子どもを守ることは大切でしょう。
 ところが、不登校への誤解や無理解から、学校からの報告を鵜呑みにして、教育委員会が出席の督促をしたり、学校側が「親は子どもを学校に行かせる義務があります。」と言ったりする事例があるのには驚かされます。
 親は、わが子が不登校となった時、うろたえ、焦り、悩みます。しかし、それ以上に苦しむわが子を目にして、「学校に行くことが全てではない。」と不登校を受けとめます。学校に行かせることがこの子の最善の利益とはならないことを感じとります。そして、勇気をもって学校に「子どもを休ませます。」と伝えるのです。
 そうした対応が、「保護者の就学させる義務」を怠っていることになるのでしょうか?法の目的を考えれば、自ずと答えは出ます。子どもの心と体を守るために学校を休ませることは、学校教育法施行令20条でいう「正当な事由」にあたります。ですから、子どもを休ませることは「就学の義務」を怠ったこととなりません。

当事者が語る不登校①

 

不登校のことを聴くには、当事者に聴くのが一番です。「当事者が語る不登校」は、かつて不登校を生きてきた青年にその体験を話してもらい、加嶋の方でまとめたものです。理解のポイントは、加嶋の方で付け加えてみました。

 

小中学校を不登校で過ごし、高校から学校復帰をしたトオル

 

家庭訪問という不登校「支援」

 

トオルの不登校は、小学4年生の2学期から始まった。理由は本人にもわからないと言う...。ただ、朝起きようとしても、お腹が痛くて起きることができなかった。母親は、病院に連れて行ったが、原因はわからない。3日ほど休んだが、朝学校に行こうとすると、お腹が本当に痛くなった。

始めのうちは、母親は無理やりに学校に行かせようとしたが、そのうちにあまり「学校に行きなさい。」とは言わなくなった。しかし、学校に行けない日の母親の機嫌は悪かったそうである。

しばらく学校を休んだある日、スーツを着た二人の大人が玄関の外に居た。小学校の校長先生と元校長先生(相談員)だった。2階から二人の姿を見たトオルは屋根をつたって逃げた。「絶対に会いたくない。」と思ったそうである。

トオルは、不登校支援としての「家庭訪問」を次のように語った。

「ぼくは、あのスーツを見ただけで怖くなりました。不登校の子どもは、先生が家庭訪問しても会わない子どもがいるけど、それは、楽しくないから会わないと思います。結局、母のために、そのスーツを着て来た校長先生と元校長先生に会いましたけど、それは、はっきり言って親のためでした。それと、母の機嫌が良くなると、家が居場所になるので、会いました。」

「家庭訪問は、子どもが会わない時は、親に会って、親の気持ちを楽にしてあげてほしいです。親と会って、学校であったことを伝えながら、『でも、大丈夫ですよ。』と言ってあげてほしいです。そうすると、親は楽になるから、子どもにとっても楽になるし、そのうち、先生にも会うようになると思います。『どうやって学校に行かせるか』を相談することだけは、しない方が良いです。先生が帰った後、親の顔つきが変わるからです。」

「不登校の子どもは、会いたくなくても、ほっとかれるのも嫌なんだと思います。ぼくは、そうでした...。小学5年生の時は、毎週のように来てくれる先生でした。学校の話はしないで、ペットの鳥の世話を一緒にしてくれました。とても、楽しくて、先生が来るのを待っていました。その先生が突然来なくなった時、とても不安だったのを覚えています。」

 

トオルの体験から見えてくる「家庭訪問」理解のポイント

1. 会うと、子どもが楽しい内容の家庭訪問をする。それは、学校についての話ではなく、何かを一緒にするための家庭訪問である。

2. 子どもに会えなくても、保護者に会って、保護者の心を楽にする。不安を受けとめることで、保護者が子どもとゆったり向き合えるようにする。

3. 子どもは、会わなくても「放っておかれたくない。忘れてほしくない。」という気持ちを持っている時がある。

 

子どもの居場所

 

トオルは、小学5年生の時に、「適応指導教室」(教育支援センター)に通った。最初は行きたくなかったが、母親が熱心に勧めるので車に乗って行ってみることにした。そこには、大学を出て間もない青年(臨時職員)が指導員としていた。他に同じ年のアツシとジュンペイも居た。

アツシが、今流行の対戦式のゲームをしていた。ジュンペイは、他の事をしていた。アツシのしているゲームは、トオルが夢中になっているソフトだった。しばらく、そばで見ていたが、自然に声が口から出てきた。「いっしょにさせて...。」アツシも「いいけど、べつに。」そこから、二人は黙々とゲームをした。僅差でトオルが勝った。「もう一回」アツシが言った。いつの間にかジュンペイもそばに来て見ていた。しばらくすると、ジュンペイも入ってきた。4人でできるゲームだったので、指導員の先生(青年)も参加した。最初に負けるのは先生だった。でも、楽しかったらしい。

ゲームをしていても、互いに話をする時は、先生を通して話した。

トオル「なあなあ先生、これ、アッ君(アツシ)できるかなあ。

先 生「アッ君、できる?」

アツシ「ウン、できるよ。」

先 生「トオルちゃん、できるって。」

トオル「じゃあ、やろうや。」

という具合である。しかし、いつの間にか、先生を通さなくてコミュニケーションがとれるようになっていた。

 トオルは、適応指導教室のあり方について熱く語ってくれた。

「適応指導教室では、別に話をしなくても、気を使わないでその場に居れる活動が良いです。そして、その活動は、担当の先生が楽しめるものでないとダメだと思います。子どもは、先生が楽しいからしているのか、無理に楽しいふりをしているのか、直感でわかるから。無理に楽しいふりをしてくれても、こっち(子どもの方)は、かえって気を遣うだけだから、その活動を先生が楽しめないといけないと思います。だから、ゲームだけでなく、漫画とかトランプとかウノとかオセロとかファッション雑誌なんかも良いと思います。」

「人との関わり方ってそれぞれなんです。漫画を読んでても、他の子の話を聞きながら読んでいるみたいです。『この前、ゲーム勝って、楽しそうやったなあ』とか言われたことがあります。」

「でも、ぼくが適応指導教室に行ったのは、先生とアッ君たちといっしょにゲームをするのが楽しかったからだと思います。ゲームはやりすぎはどうかと思うけど、ぼくたちが仲良くなるのに、ゲームは必要だったと思います。ぼくたちは、ゲームを通して話をするようになりました。」

次の年、指導員の先生が変わって、トオルもアツシもジュンペイも、適応指導教室には行かなくなった。トオルは、当時のことを「学校に行かせようとするのがバレバレのことばっかりさせられたから。」とだけ話し、多くは語らなかった。

 

トオルの体験から見えてくる「居場所作り」のポイント

1. 子どもが夢中になっていること(ゲームも含めて)から始める。

2. 活動は、担当の指導員が楽しめる物をする。担当者が楽しくなければ、子どもも楽しくない。

3. 人との関わり方はそれぞれであるから、何もしていないでそこに居るというコミュニケーションのとり方があることも認める。

4. 学校に行かせようとするのが「バレバレ」のことはしない。

5. ゲームは、子どもどうしが一緒に楽しみやすいから有効である。一緒に何かをすることで関係が変わっていく。そうした一緒にしたい物・事があるかどうかが「居場所」の試金石となる。

 

登校の約束の意味

 

トオルが小学6年生の時、担任に何度か登校を促された。「午前中だけでも、学校に来てみないか?」「給食だけでも、来てみないか?」「保健室登校をしてみないか?保健室に来ると、出席になるよ?」「運動会に参加してみないか?」...

トオルは「給食に行けるんやったら、教室にも行ける。それが、できんから苦しいのに...。」と思いつつも「あ、はい...。」と笑うしかなかったと言う。

ある時、担任と母親が話し合って「3時間目まで登校させてみる」ことを決めた。母親が「3時間目まで行ってみたら。」と促すけど、自信がなかったから黙っていた。母親の機嫌が悪くなり、怒りはじめた。仕方がなかったから「3時間目だけ行ってみる。でも、3時間目が終わったら、すぐに帰る」と約束した。母親が嬉しそうに学校に連絡をしていた。

久しぶりの教室はとても緊張したが、「この時間が終われば帰れる。今日頑張れば、明日はゆっくり休める」と思い、何とか頑張って居ることができた。担任は、「大丈夫そう」と思ったようで、3時間目が終わっても「帰って良いよ。」と言ってくれなかった。自分からは、他の友だちとの関係で「帰って良いですか?」とは言えない。結局、給食の時間まで教室に居たが、気分が悪くなり我慢できなくて「先生、気分が悪いので帰って良いですか?」と申し出た。担任が「今日はすごい。給食まで居れたなあ。」と嬉しそうに言った。でも、「1時間の約束なのに、どうして帰してくれんのかなあ。」と腹が立ったと言う。

家に帰ると、母親が「あんた、すごいなあ。給食まで居れたんやなあ...。明日はどうするん?」と言ってきた。「明日は、無理かもしれん。」と答えたという。

トオルは部分登校したことについて、次のように語った。

「学校が、本当に楽しかったら親に言われんでも行くけど、ぼくの場合は楽しくなかった。それでも無理して学校に行ったのは、親が喜んでくれるから。不登校をして、親を悲しませてばかりいるから、なんとかして母に喜んでもらいたかった。それと、母の機嫌が良くなると、家がぼくの居場所になる...。」

「不登校の子が教室で過ごすには、授業での活動が一人でも大丈夫なことをすると良いと思います。例えば、理科の実験道具を作るとか...。必要になれば、話しかけるという形が自然で良いと思います。先生は、誰かと話をさせると学校に慣れると思っているようですが、実際は逆で、かえって緊張します。必要な時に話せる人がそばにいるのが良いと思います。」

 

トオルの体験から見えてくる「登校の催促」理解のポイント

1. 教室に来たからその子が成長したと捉えてはならない。親や教師のために登校している時がある。家を居場所にするために、頑張って登校している時がある。

2. 「○時間まで」と約束をしたら必ず守る。「本人が言ってこないから...」と、なし崩し的に引き延ばさない。子どもは「帰りたい」と言わないのではなくて、言えないのである。

3. 一人でも大丈夫の活動をする。無理に関わらせないようにする。困った時に関わる位が自然で丁度良い。

 

将来を見つめる

 

トオルは、中学生時代を自宅と「ポランの広場」(大分県教育支援センター)で過ごした。中学3年生の2学期頃になると、高校進学について考え始めた。それまで母親や教師が進学のことを話しても、関心を示さなかったトオルが、高校進学のことを考え始めたのはどうしてだろうか?

トオルに聞くと、理由は「友だちが勉強を始めた」「不登校の先輩が『高校ってこんな感じ...』と旬な話をしてくれた」の二つであるという。いくつかの情報から、今の自分が行けそうな高校を選んで進学することにした。

進学する気持ちが膨らむと、自分の学力がどのくらいなのかを知るために、学校の模試を保健室で受けた。トオルに「よく学校にいけたね。」と尋ねると、「自分で行こうと思ったら、行けました。教室ではなくて、保健室ですけど...。」とサラリと答えてくれた。「学校という建物が怖くなかった?」の質問には、「はい。その時(自分が学校に行こうと思った時)は、そうでもなかったです。」と言う。模試の結果は予想通り良くはなかったが、自分の点数よりも低い人が高校を目ざしていることを知り、「自分も何とかなるのではないか。」と自信のようなものが湧いてきた。そして、実力がわかると、トオルは塾に行く気持ちが膨らみ、塾で高校受験の勉強をしていった。

トオルは「この高校だったら行けそう。」という高校を選び受験し、見事合格した。

高校までは1時間半かけて通学した。高校生活は楽しくて、「行きたくないと思ったことは一度もない。」と語ってくれた。昼夜逆転の生活をしていたトオルであるが、高校生活では、毎朝6時に起床した。高校2年生の2学期に、「今のまま社会に出ても、何もできないかもしれん。とりあえず大学に進学して、将来のことを考えよう。」と思った。塾の先生から「君は福祉の方面がむいている。」と言われたのをきっかけに福祉関係の大学に進学することにした。大学に進学する時に「不登校の子どもと関わる仕事をしたい。」という思いが膨らんだ。

大学入試の面接の時、トオルは「自分は不登校の経験があるので、不登校の子どもの気持ちがわかります。だから、この大学に入って、不登校の子どもと関わる仕事がしたいです。」と熱く自分をアピールした。大学に合格して、様々なことを学んでいるうちに、教師への夢が膨らんできた。

教員免許を取得することにしたトオルは、教育実習のために母校であるが、ほとんど通っていない小学校と中学校を訪れた。小学校はともかく、中学校はどこにどんな教室があるのか全然わからない。校舎内を案内してくれる校長先生が「なつかしいやろ」と言ってくれた時に、「はい。」と返事をしながらちょっと複雑な気持ちになったと言う。

今春、社会に出たトオルは、不登校の子どもと関わる医療関係の仕事に就いた。

 

トオルの体験から見えてくる「進路指導」のポイント

1. 高校進学や大学進学は、同じ世代の友だちとの交流や先輩との関わりを通して、自らが考えるようになる。その時は「進学しなくてはならない」ではなくて「進学したい」という思いを持つことができる。

2. 進学の刺激を受けながら、将来を本人が考えるためにも、学校に行かなくても同世代の友だちとゲームをしたり、遊んだりして過ごすことはとても大切な生活である。

3. 進学をしたくなった時に、学校に行く必要性を本人が感じれば、必要なことをするために(教室とは限らないが)登校する。例えば、模試を受けに行く。放課後、課題を提出するために行く。放課後、わからないことを相談に行く。

4. 「高校進学を有利にするために出席日数を増やさせよう」と登校の説得をするのは、子どもの立場からみるとマイナスで良くない。自分で(苦しみながらも)決めていれば、中学校に行っていなくても、高校から生活を変えて登校できる子どもは少なくない。


子どもを指導することで「変えようする」立場にいる教師は、「不登校を受けいれる」「ありのままのその子を受けいれる」という言葉を間違って解釈をしてしまうことがあります。子どもの不安やつらさを、全て受けとめようとするのです。そうした教師の対応が、子どもに「あなたはあなたのままでいい」というメッセージを送ることとなり、しだいに子どもに自己肯定感を育てることができると思うのです。
しかし、そうした姿勢は、結果的に子どもの「言いなり」になる結果を生みます。特に、不登校の子どもとの信頼関係を築く段階では、「言いなりになる」ことと子どもに「共感」することが混同されてしまいがちです。

高垣忠一郎さん(元立命館大学院教授・カウンセラー)は、「共感する」と「言いなりになる」ことの違いを次のように語っています。

相手の「ありのまま」を受けいれるということは、「相手を変えようとしない」ということであり、相手の言いなりになるということではない。ところが、日常、あたりまえのように「相手を変えよう」として子どもと接している大人は、「相手を受容する」という聞き慣れないことばを聞くと、それを「相手の言いなりになる」というふうにしばしばひっくり返して理解する。つまり、ズカズカと子どもの内面に侵襲することを否定されたおとなは、「受容」がその反対のことを指すと早とちりをして、今度は子どもにズカズカと侵襲されることを許すのである。それをもって「受容」だと勘違いするのだ。(中略)
こうした自他の未分化なグチャグチャの関係を克服するには、自他の間に限界と境界をしっかりと設けることが不可欠である。それは他人の心の境界線の守りを侵すような脅しは一切使わないということであり、不当な要求にははっきりと「NO!」と言って自分をまもることである。自分にできないことは他人におしつけてはいけないし、自分にできないことは「NO!」と言ってよいのである。
(高垣忠一郎 「近年の少年犯罪の背後にひそむものについての一考察」 生活指導研究№22 P43~P44引用)

初めからこうしたことがむずかしいかもしれません。不登校の子どもを「変えよう」とするために、大人(教師と保護者)が「子どものためになる」と思うことをさせてしまいがちです。そうした時は、無理やりに登校をさせたり、病院に連れて行ったり、勉強をさせたり、ゲームを規制したり...子どもの内面にズカズカと足を踏み入れてしまいます。
 専門家の所に相談に行くと、子どもの気持ちを「受け入れる」ようにアドバイスされるます。すると、今度は逆に子どもの言いなりになってしまいます。「大人の愛情が試されています。」と言われたりすると、子どもを腫物のように扱うようになることもあります。子どもからできないこと(無理難題)を言われても、「受け入れなければ...」と言いなりになってしまうこともあります。こうした揺れ戻しの状況が生まれるのは、決してめずらしいことではありません。
 しかし、そこからが教師と子どもの「出会い直し」がスタートです。
 自分と子どもの間に限界と境界線をしっかりと設けるようにして、不当な要求には「それは、できない。」と言って、自分を守ることを始めます。と同時に、以前のように子どもの内面にズカズカと踏み込むこともしないようにします。
 そのうちに、どちらかが言いなりにならないからと言って、イラつくのではなくて、「しかたない」と見極めること(見捨てるのではない)ができるようになっていくようです。
 つまり、「受けいれる」ということは、どちらか一方が言いなりになることではありません。自他の区別をし、境界を踏み越えさせないための「NO!」を、安心して互いに言いあえることこそが、受け入れるということなのです。大人(教師・保護者)が、子どもの要求に「NO!」と言うことは、子どもが「NO!」と言うことを認めることができることでもあります。「NO!」と言っても、見捨てられることはないという安心感を子どもに与えることができるということです。子どもが、大人との関係の中で「自分のことは自分で決められる」と思える安心感をもてるということなのです。
 不登校の子どもと向き合いながら過ごしてきた教師は、そうして、子どもには子どもの人格があることを認めることができるようになります。そして、子どもの生き方(不登校)を受けいれていくのです。


加嶋文哉
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