不登校支援の原点
不登校に原因があるのかどうかは、意見が分かれる問題ですが、原因探しをしていては子どもの気持ちが見えなくなります。大切なことは、子どもの目に学校がどう写っているかを考えることです。その子どもにとって、学校はどういう世界なのかを理解することです。解決よりも理解…それが不登校支援の原点です。
理由が見えない不登校
不登校をする子どもの中には、理由やきっかけがはっきりしない場合も少なくありません。いじめられているわけでもなく、友人関係のトラブルがあるわけでもなく、担任との関係が特別に悪いわけでもなく…。子どもの息苦しさがどこにあるのか、解らない時があります。
ヤスシ(仮名)は小学校の時は集団への適応で困難な面があり、トラブルをきっかけにパニックを起こすことがありましたが、登校は毎日していました。算数が得意なヤスシは、高学年になって授業をリードするようになり、クラスのみんなもヤスシのことを認めるようになっていきました。授業態度も活発で、休み時間は、限られていますが仲良しの友だちと一緒に遊んでいました。
ヤスシ(仮名)の息苦しさ
中学1年になると、2学期から不登校を始めました。ヤスシは文字を書くことがとても苦手な子どもでした。授業中の教師の話や友だちの意見などは、よく理解できます。教科書をよむのもそれほど苦痛ではありません。
しかし、ノートに書こうとすると文字をせいかくに書けませんでした。隣の友だちを見ると、スラスラと書いています。隣だけでなくて、クラスのほとんどの人が苦労せずに書けているように思えました。ヤスシの心の中に「どうしてぼくだけ…」という不安が膨らんできたと予想されます。
定期テストの時も、数学や理科などは良い点数をとりましたが、国語や英語は思うように伸びませんでした。英語の勉強をしようとすると「吐きそうになる」と訴えました。
母親は「本人のやる気が足りないんです。苦手だからって勉強しようとしないから…。でも、勉強なんてできなくても良いです。友だちと楽しく遊んで、毎日学校に行ってくれれば…。」と言っていましたが、ヤスシは一人で苦しみました。
ダメな自分・できない自分
思春期を迎えたヤスシは、苦しさを感じても、小学校の時のように誰かに伝えることはしませんでした。また、パニックを起こすことで苦しさを表に出すのではなく、自分の中に抑圧し続けようとしたのではないかと思われます。周りの友だちがほとんどできていることが、自分にはできません。それは恥ずかしいことで、誰かに相談することではないと強く思うようになってしまったのではないでしょうか。中学校では、文字を書く機会が格段に増え、そのたびに、ヤスシは「できない自分」と向き合わなくてはならなくなったのでしょう。
ヤスシは、書くことに大変さを持つ発達障がいの傾向があるのかもしれません。発達障がいの傾向がある子どもは、学校生活では苦手な場面が増えがちです。ダメな自分と向き合わされ、ヤスシのように疲れ果ててしまうことが少なくありません。また、「できる・できない」のどちらか一つの思考が強い傾向を持つ子どもの場合は、少しでもうまくいかないことがあると、「できない自分」を強く感じて自尊感情をますます低下させていくこととなります。
思春期を迎えると、心理的に大人から距離を置こうとしますが、それが悩みやつらさを身近な親に相談することを邪魔してしまい、一人で抱え込んでしまうことにもなりかねません。特に、みんなができて自分だけができないことなどは、誰かに相談をすることではなくて自分がしっかりしないといけないと考えてしまうのでしょう。「努力」や「やる気」の問題ではなく「できないことが当たり前」であっても、親を含めて周囲の理解が得られないと、子どもは自分を責め続け、学校から距離をとる(不登校をする)ことが必要となってくるのです。
そうした時に、大切なことは登校を働きかけることではありません。子どものつらさをしっかりと受け止め、学校と協力しながら安心して登校できる環境を整えることです。また、安心して家で生活できるようにすることです。そして、必要以上に自分を追い詰めないように、方法を一緒に考えることです。
わかってくれる人との出会い
ヤスシは、その後、スクールカウンセラーと面談をするようになりました。そこでは、学校のことというよりも、ヤスシが好きなアニメのことをたくさん話しました。これまで出会った大人とは違い、そのスクールカウンセラーは、真剣にアニメの話をいつまでも聴いてくれました。ヤスシが、テストの時にパニックになることを話した時に、スクールカウンセラーはその苦しさをわかってくれました。そのことが、ヤスシはうれしかったと言います。
今、ヤスシは大学に通っています。「ぼくが不安になった時に、『不安になって当たり前』『今は、頑張れない』と自分で自分に言えるようになった。親にも『不安で苦しい』と言えるようになった。それが大きい。だって、親は以前のようにうろたえないから…(中略)それは、中学校で学校に行けなかった時に、スクールカウンセラーの先生と話をしながら見つけた方法。」と笑顔で話してくれました。